株式会社インクリースゲート

代表取締役 田中 建吾

1980年5月7日生まれ

大阪府堺市出身

家族 妻・娘

趣味 競走馬の血統表を眺めること



2002年(22歳)

大阪府堺市の「ももたろうパソコン教室」にて、インストラクターとして勤務を開始。
生徒様に寄り添う姿勢や、ITスキルの基礎を現場で学びながら、インストラクターとしてのキャリアをスタートさせる。


2004年(24歳)

大阪市鶴見区にて、出張パソコン教室「スターサービス」を個人事業主として開業。
1社目の「ももたろうパソコン教室」でのインストラクター経験が、自分の中にひとつの手応えを残してくれた。
「俺ならなんでもできる」と完全に勘違いし、若さゆえの勢いと根拠のない自信だけで独立を決意。
今思えば、無謀もいいところだった。


2008年(28歳)

大阪市中央区のITベンチャー企業に就職。
独立から数年、社会人としての経験不足やITスキルの未熟さに何度もぶつかり、数々の挫折を経験。
いったん立ち止まり、もう一度学び直すために、就職という道を選ぶ。


2009年(29歳)

株式会社イー・トラックスへ就職
前職では、求められるITスキルに自分が追いつけず、再び大きな挫折を経験。
悔しさと未熟さを抱えたまま逃げるように退職したが、結局、自分にできそうなことはインストラクターくらいだろうと、半ば開き直って再チャレンジを決意。
運よくハロー!パソコン教室に拾ってもらい、パソコン教室業界に再び舞い戻ることができた。


  同年5月

兵庫県伊丹市にて勤務

約3か月の試用期間。定時に帰れて、仕事もそれなりにラク。
「ここならしばらく穏やかに働けそうだな」と、ほっとしていた。
束の間の幸せがここにはあった。


  同年7月

和歌山県和歌山市で責任者として勤務
初めて店舗運営を任され、いわゆる“店長業務”を経験することになった。
ここから少しずつ、「現場の責任」というものを実感し始める。


2011年4月(30歳)

静岡県浜松市へ転勤

ここで後に妻となる女性と出会う。
3教室のリーダーとしてキャリアアップし、やがて8教室のマネージャーへと昇格。
プライベートでも仕事でも、大きな転機を迎えた年だった。


2013年9月(33歳)

神奈川県横浜市へ転勤

9教室のマネージャーに就任。
イー・トラックスに入社して4年、ついに神奈川に拠点を構えることになった。

 


2014年5月(34歳)

株式会社イー・トラックスを退職

翌6月、ハロー!パソコン教室のフランチャイズに加盟し、独立開業に向けた準備を本格的にスタート。加盟直後の数ヶ月は、開校支援スタッフとして各地のFC教室の立ち上げに従事した。


2015年10月(35歳)

ハロー!パソコン教室 ららぽーと海老名校を開校。
大した覚悟があったわけでも、すごい計画があったわけでもない。
それでも、長年の積み重ねの末に、“自分の城”を持つことができた。


2017年12月(37歳)

株式会社インクリースゲートを設立
立派な志があったわけじゃない。

しかし、税制や事業の今後を見据え、法人化という選択をとることにした。


2020年10月(40歳)

ハロー!パソコン教室 イオンモール座間校の運営を引き継ぐ

コロナ禍の真っ只中、なぜか世の流れに逆らって博打を打つ。
結果?まあ…今となっては、「なぜあのとき冷静になれなかったのか」という自問が続いている。


2022年9月(42歳)

 

 

 

 

 

 

  同年12月

ハロー!パソコン教室 港北TOKYU.S.C.校を開校

座間校は引き継ぎで動きの幅が限られていたが、今回は新規開校。
商圏調査を含め、一からしっかりと吟味して立ち上げた。
後悔はない。ただし、まだまだ伸びしろは大きい。

ここからどう育てていけるかが、次の勝負どころだと思っている。

株式会社インクリースゲートが古物商許可を取得。
生徒様および一般のお客様に向けて、中古パソコンの販売とサポートを開始。
もともと教室では「どんなパソコンを買えばいいか?」という相談を受けることが多く、
それならば販売からサポートまで一貫して対応できたほうが、安心してもらえると考えたのがきっかけ。


2023年4月(43歳)

  

 

 

 

  同年8月

ハロー!パソコン教室 上永谷校の運営を引き継ぐ

教室業界でも深刻化している“後継者問題”に着目し、
上永谷校のオーナー様に直接連絡を取り、アポイント・会談を重ねた末、

当社が運営を引き継ぐこととなった。
こちらから働きかけて、1つの教室とのご縁をつないだ形だ。

ハロー!パソコン教室 上永谷校を閉校

…というオチがつくのであった。
とはいえ、「見切りの早さ」も経営においては重要な判断の一つ。
無理だと感じたら、傷が浅いうちに潔く撤退することも、次の一手につながると考えている。